水に浮く1円玉

 1円玉を水平にして、水を入れたボウルの表面にそっとのせてみて下さい。1円玉が、水の表面に浮かびます。1円玉はアルミニウムで、できています。1cm3の水の重さは1.0gで、アルミニウムでは2.7gですので、普通に1円玉を水の中に入れれば沈んでしまいます。コツは水平にして、水の上に“そっとのせることです”。水の表面は、水分子どうしが引っ張り合っています(表面張力といいます)。その上に水となじまない1円玉を水平にそっと乗せると、その表面に接しているすべての水分子が、力を合わせて1円玉が沈まないように互いに手をつなぎあって支えあい、1円玉を浮かせています。1円玉を水表面に立てて乗せると、1円玉と接触している部分の水分子の数が少なくなり、水1分子あたりの1円玉の重さが大きくなり、支えきれず沈んでしまいます。

 今回は、軟膏、保湿剤の塗り方のお話です。

 子どもさんの皮膚の特徴は、大人と比べると皮膚表面の油分が少なく乾燥していること、皮膚の厚さが薄いこと、汗をかきやすいことです。唾液、母乳、ミルク、食物などが付きやすい口の周り、冬では乾燥しやすい頬(ほほ)、夏では汗をかいてむれやすい首・体幹部、衣類・皮膚がこすれ合いやすい手足の関節内側部などが、刺激を受けやすく、これらの部位に皮膚炎、あせもが生じやすくなります。皮膚炎の程度が強ければアトピー性皮膚炎と呼んでいます。皮膚炎、あせもなどが生ずると、かゆみが生じ、かゆみのため爪でひっかくことによりさらに皮膚炎が悪化します。これを繰り返すことにより悪循環が形成され、皮膚炎は容易には治りにくくなります。また皮膚炎が長期間持続すると、皮膚炎が慢性化(皮膚が固くなります)し、長期間の治療が必要となります。アトピー性皮膚炎では、より強いかゆみが生じ、特に夜間はかゆみのため十分な睡眠が取れなくなり、疲れやすさ、集中力や注意力の低下などが起こって、日常生活に支障をきたすことにつながります。
 このような皮膚炎のある子どもさんに対して治療薬としてステロイド外用薬(軟膏、クリーム)が使われますが、塗っても軽快しない、または軽快したが保湿剤に変えたらすぐ悪化してしまうとの訴えで外来を受診されることが多くあります。

 このような場合、以下の点を心がけて、外用薬を使用してみましょう。

① はじめに汚れ、汗などをやさしく取り除く

 皮膚炎の表面に、唾液、食べ物、汗、汚れなどが付着しているとステロイド外用薬が皮膚内に入りにくくなり、効果は減弱します。


 外用薬を塗る前に、これらの汚れをやさしく取り除きましょう。

 特に唾液は、食物を消化する働きがあり、荒れた皮膚に付着するとさらに皮膚を溶かし皮膚炎を悪化させます。乾いたタオルでこすって汚れを取り除くと、逆に皮膚を刺激し皮膚炎をより悪化させることがあります。また、唾液を拭き取ったタオルを繰り返し使用すると、タオルに付着した唾液を荒れた皮膚に繰り返し塗っていることとなり、これも皮膚炎を悪化させることにつながります。

 顔面に付着した唾液などの汚れは、ぬるま湯などで湿らせ軽く絞ったタオルなどで、やさしく皮膚表面をタッピング(たたいて)して、やさしく取り除きましょう。体に付着した汗、汚れなどは、シャワーで優しく洗い流すのがおすすめです。

② 皮膚炎のある部位、程度にあった適切な強さのステロイド外用薬を使用する

 現在、皮膚炎の外用治療薬としては、ステロイド外用薬と2歳からのアトピー性皮膚炎が適応症であるタクロリムス外用薬、コレクチム外用薬が、世界的に有用性が証明された治療薬として認められています。非ステロイド外用薬は、効き目が非常に弱いこと、長期連用により“かぶれ“などが生ずる副作用があり、今日ではほとんど使用されなくなっています。

 皮膚炎治療の第一歩は、早期に皮膚炎をかゆみのない程度まで軽快させることです。
そのため、治療開始時早期には、比較的大量にステロイド外用剤を使用する必要があります。

 皮膚の厚さは部位により異なります。また外用薬の効果は、皮膚内に入る薬の量に比例します。そのため同じ外用薬を同じ量塗ったとしても、その効果は部位により異なることになります。たとえば顔の皮膚は薄いため弱めの薬でも効果はありますが、足底部の皮膚では厚く硬いため強めの薬を使用する必要があります。また慢性化した硬い皮膚炎部位では、薬が皮膚内に浸透しにくく、強めの薬を使用する必要があります。この場合、強めの薬を使用しても、皮膚内に入る薬の量は少ないため、適切に使用すれば、副作用は生じにくくなります。

 皮膚炎の治療は、皮膚炎の生じている部位、程度により使用するステロイド外用薬は異なるため、定期的に受診し、皮膚炎の状態に応じたステロイド外用薬使用法を聞き、治療を行ないましょう。また適切な指示に従って使用すれば、ステロイド軟膏による問題となる副作用は非常に少なくなります。

③皮膚炎部位は、こすらない、外用薬、保湿剤は少し厚めにのせるだけ

 しばしば、よく見られる“効果が十分発揮できない” ステロイド外用薬の塗り方は、副作用が怖いとの理由で、

 少量のみ使用し皮膚炎部位に広く薄く引き伸ばし擦り込んで使用することです。

 このような使用法は、十分効果が期待できないばかりでなく、皮膚炎部位を擦り込むことにより、より皮膚を刺激し、逆に皮膚炎を悪化させることにもつながります。
 これは、”たわし”で皮膚をこすることに例えることができます。

 一番効果的な使用法は、皮膚炎部位より少し広い範囲(目には見えませんが、荒れている皮膚炎の周囲にも皮膚炎が生じています)に、診察により指示された適切なランクのステロイド外用薬を、朝と夜の計2回、皮膚表面が

     “光る程度に少し厚めに”、“皮膚表面にのせるように”

塗ることです。厚めに外用薬を塗った部位では、ティシュペーパーをつければ、くっついたままの状態になります。少しべたつきますし、衣類ですぐに取れそうですが、気にしないでください。上記の塗り方で、適切なステロイド外用薬であれば、多くの場合皮膚炎は数日で非常に良くなってきます。また口周囲、あごなど唾液で汚れやすい部位で軽快しない場合は、一日にたっぷりと3回塗ってみましょう。

④ 良くなったと思っても、ステロイド外用薬はすぐには中止しない

 長い間皮膚炎を繰り返している場合は、厚めにこすらず毎日外用薬の使用を継続すると、一見治癒してしまったように思われる状態となります。

 皮膚炎を繰り返している子どもさんでは、多くはこの段階で治療を中止しています。

 実は皮膚の表面は一見治った様に見えますが(寛解といいます)、皮膚表面から少し中に入った部位では“まだまだ皮膚炎のただれが残っています”。これは、家が火事になり大量の水で消火しほぼ鎮火したような状況に似ています。まだ一部に火種が残っており、もう少し消火活動を続けないと、また容易に燃えだしてしまいます(皮膚炎の再燃)。
 この皮膚内のただれが治ってくると、皮膚炎の悪化、繰り返しが少なくなってきます。ではどうすれば良いのでしょうか。答えは、一見治ったと思われる皮膚炎部位に、皮膚炎が再度悪化しないことを確認しながら、治療薬のステロイド外用薬の塗る回数を少しずつ減らしながら、その代わりに保湿剤の塗る回数を増やしていきます。これを“プロアクティブ療法”といい、皮膚炎治療の世界的標準治療法となっています。皮膚表面が良くなっても中止するのではなく、1~2週間後に再度受診し、それ以後の軟膏の使用方法の指示を受けましょう。

 治療の継続により、つるつるした良い皮膚の状態が長く続けば、皮下のただれも、軽快し急に悪化することが少なくなってきます。ただし皮膚の厚さが薄い顔面、頸部などで皮膚炎が継続している場合は、ステロイド外用薬を長期に連用すると副作用が生じやすいため、皮膚炎の軽快後は2歳以上では、タクロリムス軟膏、コレクチム軟膏の使用を考慮します。

⑤以上の方法でも軽快しないときは、皮膚炎以外の病気の可能性も

 ステロイド外用薬を使用しても皮膚炎が軽快しないときは、塗っている量の再確認(十分量と思っても実際は少ない)、十分な量でも良くならない場合は外用薬の強さのランクが合っていない、皮膚真菌症など他の皮膚疾患の可能性があり、いずれも受診して指示を受けましょう。

⑥予防

 子どもさんは、乳児期から思春期の前までは、皮膚表面の皮脂分泌量が少なく、大人を比べると皮膚の表面は大変乾燥しています。そのため、特に肌が弱い子どもさんでは、保湿剤を可能であれば全身にたっぷり使用しましょう。保湿剤の効果の持続は、数時間とされていますので、夜の入浴後に1回行なうだけでなく朝、できれば昼間にも行なうことをおすすめします。乳児期から学童期の子どもさんは、唾液、食物、汚れ、尿、便などが皮膚に付きやすい生活をしています。シャワー、ぬらしたタオルなどで優しくこれらを取り除き、その後たっぷりと保湿剤を塗り、皮膚の表面を乾燥、こすれなどから守ることで、子どもさんの皮膚トラブルを軽減、または予防しましょう。

2021年09月05日